治らなくていい、という選択肢

「寝坊 治らない」で検索した人は、たいていもう色々やっています。

目覚まし時計を3つ並べた。ベッドから遠い場所に置いた。爆音のアラームを買った。早く寝るようにした。カーテンを開けて寝た。休日も同じ時間に起きるようにした。アプリを入れた。

そして、治らなかった。だから検索している。

「治らない」の意味を分解する

ここで一度、言葉を分けたほうがいい。

「寝坊が治らない」と言うとき、そこには2つのまったく違う困りごとが混ざっています。

  1. 眠りたい時刻に眠れず、起きたい時刻に起きられない、という体の状態
  2. そのせいで遅刻し、評価が下がり、責められ、自分を責める、という社会的な結果

多くの対策は 1 に向けられます。しかし、実際に人生を削っているのは 2 のほうです。そして 2 は、1 が変わらなくても減らせます。

治す以外の道があることが、ほとんど言われない

朝起きられないことについて世の中に流通している情報は、圧倒的に「どうすれば起きられるようになるか」に偏っています。改善法、習慣、根性論、商品。

そのすべてに共通する前提は、起きられない状態は解消されるべき異常である、というものです。

当協会は、この前提を採用しません。分布に境界はなく、あなたが立っている場所は分布の一部です。そこにいることは異常ではない。異常なのは、分布の一部だけが罰を受ける設計のほうです。

だから当協会は、参加者に早起きを指導しません。生活改善も求めません。「治らなくていい」は、諦めではなく、介入する対象を個人から環境へ移すという立場の表明です。

環境の側で動かせるもの

治すのをやめたとき、代わりに動かせるものが見えてきます。

  • 始業時刻:フレックス、コアタイムなし、始業の自己申告制
  • 勤務地:フルリモート、時差出社
  • 評価:遅刻を人事評価に算入しない
  • 儀式:朝礼、朝の定例会議
  • 道徳:「朝早く来る人は熱心だ」という暗黙の採点

これらはどれも、誰かが決めた設計です。自然法則ではありません。9時が始業なのは、太陽の位置とも、人間の生理とも、生産性の研究とも、直接には関係していない。

当協会が企業側を認定するオーバースリーパー・フレンドリー認定は、このうち企業の制度として書ける部分を基準にしています。認定するのは個人ではなく、企業です。

それでも「治したい」と思う人へ

治したいと思うこと自体を、当協会は否定しません。目標として持つのは自由です。

ただ、ひとつだけ。眠りや起床の困りごとが日常生活に強く支障をきたしている場合、それは意志や工夫でどうにかする領域ではなく、専門の医療機関で相談したほうがよい領域かもしれません。当協会は医療機関ではなく、診断も治療も行いません。参加者に診断書を求めることもありません。ここに書いているのは治療の話ではなく、社会の設計の話です。

治らないまま、加われます

当協会に参加するのに、改善の意思は要りません。参加したあとで何かを頑張る必要もありません。

治らないまま居られる場所が、ひとつくらいあってもいいと思っています。

当協会は医療機関ではありません。本稿は睡眠に関する診断・治療についての助言ではなく、社会制度と設計についての主張です。 睡眠に関する困りごとが日常生活に支障をきたしている場合は、専門の医療機関にご相談ください。 当協会は参加者に診断を求めず、医療上の判断も行いません。

起きられないまま、参加できます。

スリープコンサートに参加したい

客席で寝ながら聴く音楽会です。参加したい人が集まりしだい、ひらきます。いまは登録だけで、それ以外には何も起こりません。